ムハンマドの改革 「宗教・夫婦・生活」

7世紀に入ると、それまでの遊牧経済の多くが定住経済に移行し、メッカにみられるように、都市的商業社会が飛躍的に膨張した。

これに伴って母系的な部族財産共有体は崩壊し、私有財産観念がみられるようになった。

母系集団の共有財産管理権は私有財産の所有権となり、相続権は父系をたどることになった。

また、商業利潤の追求が激しくなるにつれ、妊娠、出産などの女性の身体的生理条件がハンディキャップとみなされ、女性商人の後退がみられるようになった。

こうして、メッカなどの都市では父系社会への移行が急速に進み、貧富の格差も増大した。

社会不安がもっとも募った7世紀初頭に出たムハンマドは、ウンマの建設によって、社会を改革しようとした。

イスラムの布教のために男性たちの協力を必要としたこともあり、男性の相続を女性の2倍とし、私有財産を認め、一方、女性側の不満を解決するためには、結婚の際に男性が女性に結納金を支払い、離婚の際の保証金も男性が払うこと、家族の経済生活は男性が受け持つよう定めたと考えられる。

四人妻の奨励は、それまでの無制限な多妻を規制するものであったという説もあるが、布教戦争により急増した未亡人や孤児に対する「社会保障」的救済策であったとみるほうが、史実に近い。

コーランとムハンマドの言行録などを法源として、13世紀にイスラム法が完成した。

イスラム法においては、結婚は当事者双方の意思に基づく契約によって成立する。

契約式には双方から証人が出席し、男性からの結納金の額や結婚後の居住条件などが書き込まれた契約書を取り交わす。

結納金はマハルとよばれ、契約の際に、結婚時と離婚時に男性が支払う額が取り決められる。

現実社会においては地域差もあるが、マハルは、原則として妻個人に支払われるものであり妻の財産となる。

離婚時のマハルは、結婚時のマハルよりも多いのが通常であり、マハルが支払えないために結婚または離婚できない男性も少なくない。

夫婦は別産制であり、女性のほうが男性より収入が多い場合でも、家族の生活は男性が保障する。

これは男性の宗教的義務とされているので、妻を養ってやる、あるいは夫に扶養されている、といった意識はこの社会には存在しない。

こういった状況のなかで実際に一夫多妻の生活を送っている者の数は、非常に限られている。
update:2010年02月24日